ボーダーライン


『憧れと恋って違うのかな』

 確かにあたしはこう呟いてしまった。こんな話題と程遠いであろうギロロの前で。どうしてだろう。
 でも本心だったのよ。多分。
 ギロロは不器用で素直じゃない。きっとあたしと似ているんだろうな。強がって見せて。というか、実際に強いのだけど、あくまで身体的だったり、態度だったりする。ある意味で弱い自分を隠す盾にしているのかもしれない。
 あたしはまだ子どもで、恋に関しても幼いのよ。あんまり考えたくないの。
 あの台詞からもう1年経った今でも。あたしは曖昧なまま。

「ど、どうしたんだ?最近元気がないな」
 毎日定例の会議とやらが終わったらしい。地下基地からギロロが上がって来た。
「そっそんなこと…ないわよ!」
 でも何の予定もない土曜日は珍しかった。部活の助っ人も全部断った。冬樹は桃華ちゃんとどこか出かけて、ママはいつも通りお仕事。土曜の午前中から、なにするわけでもなく過ごしているあたしは、ギロロから見てもおかしかったのかもしれない。
 退屈だけど、なにもする気はないの。ソファに座り込んだまま、接着剤で固定されたみたいよ。

「……そうか。それなら…いいんだ」
 ギロロ特有のいつもの口調。本心を隠しているような、何か他に言いたいことがあるんじゃないかと勘ぐっちゃう。
 ケロン人の小さい歩幅で、あたしの前を通って窓際に歩く。その時ギロロは呟いた。「おまえらしくないぞ」と。

「なっなによソレ?」
あたしは即座に反応した。小さな言葉はギロロの心配なのに、どうしてかむきになってしまった。
「夏美?」
「だから、あたしらしくないって何よ!」
 呆気に取られたギロロの顔を睨みつける。あたし、最低だ。

「スマン。気に触ったか?」ギロロは素直に謝る。なんでアンタはそんな簡単に謝るのよ。ギロロは何もしてないじゃない。
 ソファの脇に立ち止まったギロロの足が動き出す。

「…そうよね。あたしはいつも元気で乱暴でいたほうがいいよね」
 あたしのほうこそギロロに謝るべきなのに、あたしはどこかやけくそに嫌味っぽく言ってしまう。
「…それは違う」
 ギロロは再び立ち止まり、あたしに振り返らないで言った。
「無理に笑えとは言ってない。ただ…」
「ただ?」
「……その…なんだ」
 ギロロが濁した言葉を分かる気がした。ただあたしを心配してくれている。

「…困ったこととかあるのか?もしかして、誰かにいじめられてるのか?」
「そんなんじゃないよ」ちょっと噴出してしまった。ギロロは変に心配性なんだから。これでも地球の生活に慣れたほうだけど、こんなところは相変わらず。

「…10日前から、じゃないのか?」
「なんで!?」
 ギロロは知っている。あたしの変化を。その原因を。あたしは顔を強張らせたと思う。ギロロがゆっくりあたしの顔を見る。
「サブロー…か」
「アンタも知ってるんだ。…女の子と歩いてたって」
「あ、ああ…」
 ギロロはあたしを気遣ってゆっくりした口調。それこそアンタらしくないじゃない。瞼の奥がなんだか熱い。
「まだ早いんじゃないか?そ、その、なんだ。単なる友達かもしれないだろ」
 まるで慰めるのが本意じゃないって感じの、ぶっきらぼうさ。冷静になろうと声を抑えているのね。おかしいほどわかるわ。
「…違うのよ…」
「どういう意味だ?」
 ギロロはあたしの顔を見上げた。あたしもギロロの視線に合わせた。一息吸ってから、素直に自分の気持ちを言葉に変える。
「二人が並んで歩いているのを見て、確かにショックだった。でもね…思ったより落ち込んでない自分に気付いたの。これって…」
 ギロロは言葉をなくしていた。あたしの言葉が信じられないように、ただ放心してあたしを見ている。
 それ以上は言葉に出来ないあたしの気持ちは、アンタに伝わるかな。

 あたし、恋と憧れのボーダーラインを跨いだ気がするの。今ははっきり線引きされたその感情の違いの先に、一人だけ見えるのよ。小さくて赤くて強くて、あたしと似ている誰かが。

「夏美…」

 ねえ、今度はアンタが境界線を飛び越える番じゃないの?
「も、だいじょぶ」あたしはこう見えても気が長いほうだから、答えは今じゃなくていい。待ってるから。
 口を開きかけたギロロだけど、あたしの顔を見てため息をついて安心した顔をした。

「…ねえ、お芋焼いてくれない?」
 立ち上がったあたしは、きっともう元のあたしのはずよ。アンタがらしくないといったあたしじゃない。ほら、作り笑顔じゃないでしょ。
 あたしもいつものアンタでいいわ。そう、アンタらしさが大好きよ。


fin

2006/03/30




初めて書いたギロ夏です。難産でした。
キャラ違ってないでしょうか。激しく不安であります。

ギリギリCDのドラマの台詞『憧れと恋って〜』からの妄想です。
まさかまさかの台詞いただきって感じでした。