てのひらに夢
ever after ![]() 「覚悟はいいか?」 夏美がこくんと首を縦に振ったのを横目で確認し、日向家の庭に静かに降りていく。 しおらしい彼女に、俺の緊張が高まる。 俺は一体どんな顔をしているんだろうか。にやけているだろうか。強張っているのだろうか。 逃げられるものなら逃げたい。威嚇して蹴散らせるものなら、武力も行使するが、全てを知っている皆にはっきりと報告をしなければ、けじめがつかない。 「待ってましたーーー!!!」 と、ケロロが叫んだのを皮切りに、居間から歓声とともに大勢飛び出してきた。 紙ふぶきが舞い、クラッカーが鳴り、冷やかしが飛ぶ。 「……」 夏美は俺の背中で絶句した。小さい背中に隠れて、顔を見られないようにしている。接近した形になって、皆がなお冷やかす。 「恥ずかしい……」 「大丈夫か?」 「う、ううん、やっぱだめ」 ソーサーが地上に降りる手前に、ケロロが飛びついてきた。 「うわ!やめろ!コラ、危ない!」 「ギロロく〜ん、今の気持ちを一言〜!」と、マイクをぐりぐり頬に押し当てる。 「きゃぁっ!!」 俺の反対側でソーサーから夏美が落ちた。 「夏美!!」 俺がケロロを飛ばし、駆け寄るより早く、サブローが動いた。 「大丈夫かい?」 「あ、ありがとうございます。やだ…!あたしったら」 サブローの胸に夏美がもたれる体勢になり、その場の空気が変わった。 夏美は服についた土を払いながら、サブローから自然に離れた。 「ごめん。ナイトは君の役目だったね」 「い、いや…」 俺はそんなに殺気立っているのか?皆の目には、俺が余裕がなく、みっともなく映るのか? 気不味い沈黙を割ろうとはしない。 だが、俺はそれほどそぐわない空気を味わっているわけではない。 「夏美、怪我は?」 「やだこんな低いとこだもん。平気よ。あ、靴ヒモが解けちゃった」 夏美は俺の隣に腰をおろし、靴ヒモを結びなおした。俺と背の高さが同じになる。 「見せ付けてくれちゃって〜!目の毒です〜ぅ」 タママが言葉とは裏腹に、カメラを構えてシャッターを押す。 「ていうか、熱愛激写?」 俺は、無意識に夏美の肩に手を置いていたらしい。皆、それに反応している。 「〜〜〜〜ッるさいッ」 それくらいのことで騒ぐな。 俺たちはもう気持ちを確認しあった恋人同士なんだぞ。 とはいっても、昨日までの俺からみたら、驚異的な進展だ。冷やかすのも無理はないか。 「怖ッ。つかどうなの夏美殿〜?赤だるまのどこが好きなのよ〜?」 気が大きくなっているのか、ケロロは地雷を怖れず夏美を勇敢に攻める。はらはらしたのは俺だけで、ケロロの後ろについた輩は、夏美の返答に期待している。ここでケロロがぶっ飛ばされたとしても、自分たちに被害はない。目を輝かせている連中の罪深さといったら、空恐ろしい。 例外は一人いた。東谷小雪だ。彼女の夏美への想いは友情の範囲を越えているものだと、俺は知っていた。何もないふりをしているサブローと違って、彼女は落ち込んでいた。 「もう!いい加減してよ!」 夏美が顔を上げ、一同を睨んだ。座ったままだったから、ケロロは2、3歩下がっただけで、マイクを引っ込めない。 「ボケガエルはガンプラ、タママはお菓子。冬樹はオカルト!そういうこと!」 「はぁ?」 皆が一様に首をかしげた。 夏美は説明が不十分だと自覚が足りない。切羽詰った様子で、肩を震わせた。 「好きなものは好きなの!これでいいの!他に理由いるわけ?」 啖呵をきったが、決定的な台詞ではなかった。つまり誰も納得をしていない。 「だから、その辺を夏美殿の口から言わなきゃ、記事にならないのよ〜?ん、わかる?」 「記事ってなんなのよ!ボケガエル!」 「やめろ!ケロロもおまえたちも」 夏美の前に立つと、フラッシュの嵐だ。歓声が野次に変わる。俺の怒号も掻き消されるほどだ。 「いいじゃない姉ちゃん!僕全然知らなかったもの。教えてよー!」 「漢だねえ。先輩?く〜くっくっくっ」 「夏美ちゃん、伍長さんになんて言われたの?言っちゃえ!」 「ここは寒いんだ!中へ入れ!!!」 助け舟を出したはずの俺の言葉は、やぶへびになったようだ。 「ささ、どーぞこちらへ」 と、ケロロに案内された日向家の居間には、金屏風が並んでいた。 俺と夏美は、顔を見合わせた後、肩を落とした。 とりあえず最初に、金屏風に銃痕を打ち込み、木っ端微塵にしてから、ソファに座った。3人掛けのところに、俺と夏美が並ばされた。熱いココアを飲んだ後、夏美は「さ、なんでも答えてあげるわよ」と開き直った。 「じゃ、じゃあまず我輩から。えーっと、えー…と」 「早く聞きなさいよ!今日だけだからね、答えるのは!」 夏美の勢いとは反対に、弱くなるケロロ。こちらも拍子抜けというもの。 「だっだって!からかってなんぼなのに、正面きって答えられると…困るというか……。じゃ、モア殿にタッチ」 「え?私ですか?ていうか選手交代?……んーっと、ハイ!プロポーズの言葉はなんですか?」 「プ!プロポ…!!ばかもん!やっと、やっと、告白したばかりだ!」 「ひゃぁ!ごっごめんなさい!」 ソファの上からモアに怒る。そんな先のことを意識させるな。夏美にはそんな気がないかもしれないんだぞ。ちらっと夏美を盗み見ると、真っ赤になって俯いている。彼女も俺を一瞬見た。 その気になってもいいのか。夏美はばつの悪そうな顔をしたが、嫌なそぶりは見せなかった。 「まんざらでもないんじゃない!夏美ちゃん!」 サブローの冷やかしに、一同が加勢する。 「モア殿、グッジョ!」 ケロロに褒められてモアが嬉しそうに笑う。タママが怒り出し、もっといい質問を捻りだそうとしている。 「はーい!僕もいい?」 「なんだ冬樹」 冬樹は今の今まで、俺と姉の事情を知らなかった奇跡の男だ。多少のことは目をつぶって答えてやろう。 「赤ちゃんはどうやって作るの?」 「あ、あ、赤ちゃ…!!??何考えてんのよアンタ!!」 夏美が真っ赤になってテーブルを叩いた。今度は俺が真っ赤になる番だ。さすがに夏美の顔は確かめられない。 「だってさ、異種人同士でしょう。生殖システムが違うもんね。どうするのかなって」 知らぬが仏なんだろう。冬樹の隣の西澤桃華が唖然として、能天気な冬樹の横顔を見ている。いやその場にいた全員が引いていた。 「だからね!あたしはやっと告白したばっかだよ!」 「じゃ、その時になったらでいいから教えてね。すごいなあ。だって宇宙人と人間だよ。ね、西澤さん!」 「……天然には負けるであります」 ケロロにはできるわけないだろう。冬樹ならではの直球だった。 「じゃあ、拙者もひとつ…」 「ハイハーイ!今度は僕ががっつんとぶちかましますですぅ!」 「あ、ああ……」 ドロロは脱落した。悪びれもないタママだが、俺と夏美は身構える。なにしろ、モア、冬樹と続けて無理な質問が続いている。意気込みもわかりやすいタママのことだ。相当覚悟をしておかなければならない。 「キスの味はチョコよりもコーラよりも美味しかったですかぁ?」 「……キッ……!!」 覚悟に釣り合った鋭い質問だ。俺も夏美も絶句した。 未経験のゆえ答えられない問いではなかったから、自分の反応がなおさら不自然になった。 タママは、新発売の菓子の評判を聞いたように無邪気だった。だが、その逆、今までで一番極めて的を射た質問をだった。その自覚はタママにはないようで、静まった一同の反応に小首を傾げた。 「もしかしたら……?」 多分、西澤桃華だ。敏感に俺たちの仲をかぎわけた。その反応は周囲に広がった。 「えっえっ、ましゃか、……経験済み?きぃぃぃやぁぁぁっっ」 俺を裏切り者だと叫ぶケロロの悲鳴は、より大きい歓声に消される。 ごまかしはもう効かない。俯く夏美を庇い、偽フラッシュの矢面に俺が立つ。 「もう答えないぞ。もう解散しろ!」 「だめです!ちゃんと聞かせてください」 部屋の隅で東谷小雪が声を響かせた。 「夏美さんはギロロさんじゃなきゃダメなんですか?どうしても……ギロロさんなんですか?」 「小雪ちゃん……」 浮かれている連中は東谷小雪を察することはしない。彼女の表情に、悲しみと決別の覚悟があるのに気付いたのは、俺たちだけだったろう。 俺はサブローを一瞥した。やつも東谷小雪と同じ顔をしていた。 「夏美、いいか?」 東谷小雪に答えることは、皆に晒すことだ。その了承を夏美に聞く。 「うん」 「住む世界、人種、色々違いはある。だが、心は夏美と同じだ。夏美を心から大切に想っている」 これは今の俺の精一杯の宣言だ。先のことはまだわからない。俺の希望だけで、未来が見えるほど甘くはないだろう。だから、全部は言えない。 だが、俺は誓っている。彼女を幸せにすると。二度と離しはしないと。 俺は自身の決意表明に納得したが、ケロロたちの反応は怖れていた。だが、冷やかしは聞こえなかった。一同の視線は夏美に集中していたのだ。 「あたしも同じ」 消え入るような小声では納得はいかない。ケロロも東谷小雪も、そしてほんの少し俺も。 「……あたしね、今すごく幸せ。きっとね、ずっとずっと幸せなの。……ギロロの側なら」 「軍曹さん、なんだか胸焼けがするんですけどぉ」 「殴っていいスか?夏美殿」 「てゆーか、ラブラブカップル?」 深い意味や決定的な台詞はないものの、不器用な夏美の言葉に、一同は肝を抜かれたようになった。俺も頭のてっぺんから湯気がでているだろう。 東谷小雪は俯いて息を吐いた後、夏美に微笑んで見せた。寂しさはあったが、ほんの僅かだった。夏美を祝福する笑顔だった。俺は微笑み返す夏美の横顔を見て、安堵した。 将来どうなっているか、俺にはわからない。 今は一同が示し合わせたようにタブーにしているペコポン侵略、俺がケロン星に戻らなければいけない場合、人種の違いは様々な問題を孕んでいる。恋愛に浮かれていても、無視できない大きな問題だ。 だが、ちっぽけで儚い俺のてのひらの夢は、時が移っても変わりはしない。 いつまでも夏美の幸せを願う。 てのひらを見下ろし、そして拳を作った。 夏美にだけ聞こえればいい。俺は「俺も幸せだ」と呟いた。彼女は嬉しそうに微笑んで、すぐに顔をしかめた。 食傷気味な冷やかしで、居間がまた騒がしくなったのだ。 「そういうシーンはテントでやれや、赤だるま」 「すっかり空気読めなくなったな。先輩?くーくっくっく」 「ちくしょー、見せ付けやがって!今度は俺の出番だっつーの!!」 「桃華さん、頑張りましょうね!ついうか、大胆告白?」 それぞれ色々な想いが飛び交う。その光景を傍観して、俺は苦笑した。 「なーに人事みたいにニヤついているでありますか!今度は二次会でありますよ。我輩の部屋で」 「え?もういいだろ!」 「伍長さん勝ち逃げは許さないですぅ。あっちやそっちの濃ゆい話聞かせてくださいですぅ」 「夜は長いぜ。先輩。いい事いっぱい教えてやるよ。くっくっくっ」 ケロロたちの顔は、顎下から電灯を当てたように不気味な笑顔に変わっている。タママとドロロが俺の両腕を抑え、連行しようとする。 「ちょっ離せ!俺はもう話すことなんかないぞ!」 「ボケガエル!止めなさいよ!」 「チッチッチッ!女人禁制であります。夏美殿、ダーリンを一晩借りるでありますよ。こいつには教えることがありすぎて、あ〜もう大変大変」 「ダ、ダーリンって!……バカ!いいんだってば!変なこと教えないで!ちょ、コラ!聞いてるの!つか冬樹は行かなくていいの!サブロー先輩も!」 助け舟を出した夏美もほだされ、俺たちはこのまま別の部屋で尋問を受けることになりそうだ。 居間にはペコポン人とモアが残っている。 夏美、俺は今日くらいは我慢できそうだ。おまえもなんとか耐えてくれ。 幸せの副産物だ。 そう思えば、なんともありがたく嬉しいものだ。 あいつらが吐きそうなほどのろけてくるさ。 fin
2007/03/08 キャラが多くてト書きになってしまいました。すみませんです〜 |