嵐の夜に
3 ![]() 「あたしのこと、あきらめちゃうんだ…」 「お、思わせぶりな言い方をするな。俺は…」 俺はもう僅かな期待もできない。したくない。戦場での傷ならどんなに重くてもいつかは治るし、むしろ誇りだが、この種類の傷は予想の上をいく深さだ。心の底から抉り取られ、いつまでも痛む。慣れないその痛みに耐える自信はない。 だが、夏美を傷付けたのはこの俺だ。初めてのものだったかもしれない。それは女にとって重要な意味を持つものだとも、一応は知っている。俺の傷心は当然の報いか。 「順番が違うわよ。先にちゃんと言いなさいよ」 「じゅ、順番?」 「…ギロロってば」 夏美は笑った。俺はおまえを傷付けたのに、その言葉といい、柔らかい自然な笑顔といい、俺をもう許しているのか? 「告白だよ」 「あ……」 でも俺は納得がいかない。なぜおまえは俺を許す。告白をほしがることを言うんだ。目が点状態の俺に、夏美は独り言のように呟きかけた。 「…不器用で意地っ張りで、寂しがり屋、ギロロとあたし。よく似てるのね。気付かないふりしてたけど、…さっきわかった」 「似た者同士ってことにか?」 俺はそれだけで嬉しかった。似ても似つかぬ異種人、なのに夏美は俺と似てると言ってくれた。それはまるで恋を許してくれたように、俺の心の重荷を取り除いてくれた。 「…うん、…ううん、ちょっと違う」 「じゃ、なんだ?」 夏美は四つんばいで俺に近寄り、俺の頬にくちびるを当てた。 「なっなっ夏美!?」 「さっきのお返し」 闇の中でも夏美の顔がわかる。赤らんだ顔でイタヅラっぽく舌を出した。同じように赤くなっているであろう俺を、見つめ返している。 「やり返した…だけ…なのか?」 「アンタと同じ。順番が違ったのよ」 俺の焦りをどこか優越感を乗った視線で見下ろす。 「……よくわからないが…」 俺は考えた。それでなくとももう既にパニック。ケロロたちにまた担がれているのかと疑いも出てくる。 「ギロロ、自分で言ったじゃない。男なんだって」 「あ、ああ」 「だからそういうこと。ギロロは男で、あたしは女」 俺は生唾をゴクリと飲んだかもしれない。夏美のくちびるが艶やかに、闇に浮かぶ。きっと俺の視線を意識して、夏美は続けた。 「…つまり、好きになっても変じゃない」 「え?」 「おかしくないよ。ね?」 俺はもう言葉がないまま何度も頷いた。不覚にも眼底に熱いものを感じる。そこは男のプライドでなんとか表情に出さずにいたが、夏美にはわかるかもしれない。 「…大好き…」 座り込んだ膝に顔を伏せた夏美が呟いた。俺はまるで奇異なるものを見たように、信じられない。だが、確かに夏美の告白だった。 俺も、きちんと言わなければいけない。俺は男なんだから。 「……」 だが、俺は何の言葉も用意してない。自分の気持ちを夏美に伝えることなど想像もしてなかった。長年の想いを言葉に置き換えるのは、とても難しい。 「ギロロ?」 膝に臥せた頭を少し傾げ、隙間から俺を覗く夏美。とても美しかった。今まで見たどんな夏美より美しく感じるのは、なぜだろう。下ろしている髪のせいなのか、それとも、俺のせいなのか? 俺たちは同じ気持ちだ。夏美は俺に恋している。そう思ってしまったら、俺はたちまち頭から湯気が出る。卒倒しそうだ。 「…お、俺は…、なっ、夏美を…」「夏美のことがっ…」「俺はっっ…!」 それから数秒、俺は葛藤と戦った。ため息混じりの笑いで夏美は、困った風に俺を見た。 「今夜のところは許してあげる」 「待て!俺はっ、俺は…!」 焦る俺のくちびるを夏美が人差し指で塞ぐ。 「でも、今度あたしを口説きたいなら、ちゃんと言ってよね」 「なっ!?」 イタヅラな笑顔のまま涙が、彼女の頬を伝った。俺はその涙をくちびるで掬った。夏美は一瞬驚いて、首をすくめたが、また瞼を臥せ、3回目のくちづけを許した。 「また順番が違ったな。…すまん」 夏美が寝付くまで、俺は彼女のベッド脇に背中を向けて座っていた。やがて彼女は静かに寝息を立て始め、俺は部屋を離れた。 朝になって、夏美と顔を見合わせづらい。日向家の居間のソファを借りるより、ケロロの部屋に行った方がいいだろう。 だが、俺は彼女の部屋の前にまた座り込んでいた。そのまま壁に背を預け、朝を迎えよう。 嵐はやはり一晩中続いた。俺にとっては奇跡の夜だった。 fin
2006/04/13 ケロジャンルで2作目。 伍長さん視点で。もう少し夏美ちゃんのフォローをしたかったけど。 追記 公開してからケロコミを購入して、ギロロのテントがそんなやわじゃないことを知りましたorz 見逃してください。 |