特別な日なら…
12

G viewpoint


 東へ向かって飛ぶ。フライングボードに思わず夏美が乗っている。これもクルルの策略なのか、飛行ユニットが故障したのだ。帰りは二人になると予想したのか、陰謀に乗せられたようで居心地が悪い。素直に嬉しさもあるが、この密着度はやっと冷静になった男の欲望を刺激する。
「重くない?」
「このくらい何のことはない」
 それは本当だ。フライングボードは燃料が切れない限り、夏美一人の重さなら負荷にはならない。

「後どのくらい?」
「20分ほどだ」
「ふーん」と夏美が俺の背中で呟く。彼女の両手は俺の腹を抱えている。
 触れられている個所が熱い。俺の背中は小さくないか?頼るには心許なくはないか?体格の差を卑下している自分に自嘲した。

「何よ?」
「いや、なんでもない」
 自分を卑しむことは、幸せなことだ。こうなる前には想いを募らせても、実らせることを想像もできなかった。だから夏美と自分の違いに苦しむこともなかったのだ。

「何よ!気になるじゃない」
「そうか?」
 ただ俺は幸せなんだ。これから湧き出るいくつもの障害を、気持ち一つで迎えよう。俺は負けない。おまえとならば、俺はもっと強くなる。

「その、今日のこと悪かったな」
「うん?」
「お、俺を祝う企画だったのに。…逃げてしまって」
「逃げたんだ?何から?」
 俺は墓穴を掘ったらしく、その上見事に肩を震わせ、分かり易い態度をとってしまった。
「もしかして…、ボケガエルとお料理とかして、仲良く振舞った…から?」
 夏美は痛い所を突いてくるが、故意的ではない。
「ぐぐっ…」
 俺は、言葉に詰まった。情けない感情に占領され、逃げた俺。それで今日一日を台無しにしたような、そのおかげで今があるような複雑な気持ちだ。その感情に俺が耐えてたとしたら、今ごろ夏美を乗せて夜の空を飛ぶこともなかったかもしれない。ましてやその夏美は、俺と同じ気持ちでいるのだ。信じられない思いが湧いてくる。

 俺の腹に回っていた夏美の腕に力がこもった気がした。
「うれしいよ」
 小さな声が風に流されていく。本当にそう言ったのか?
「夢、…みたいだ…」
 独り言にするつもりだった俺のつぶやき。夏美には聞こえたようで、こくりと頷き「でも、夢じゃないよね」と背中で囁いた。俺も同じように頷いた。

 今日は特別な日。
 俺とおまえが出会った日。
 意味はちゃんとあった。俺にとっておまえが、おまえにとって俺が、特別な人だったから、今日は新しい意味を持つ特別な日になった。
 愛を確認しあった日。そういう日として、来年もその先も祝ってほしい。許してくれるなら、俺のその決心は未来永劫まで続いていくだろう。近い将来におまえに告げよう。

「…しっかり掴まってろ。飛ばすぞ」
「うん」

 眼下に街の明かりが見えてきた。皆が待っている家に帰ろう。おまえと二人で。




fin

2006/05/09





これにて幕引き。
お付き合いくださいまして、ありがとうございました!
激しく自己満足ですが、書いてて楽しかったハナシでした。