気付かないうちに


 あたしは変。
 退屈な授業中、リビングで寛いでいるとき、623さんのラジオを聞いている時さえも。
 友達との帰り道。今だって。

「夏美さん変ですよ?」
「なっ何よ。小雪ちゃん。変じゃないわよ」
 心を見透かされたようで、すぐに焦りが顔にでてしまう。同性の友達には、結構素が出るのかもしれない。
「いーえ!私が言うんですから本当です!ここ最近心ここにあらずというか…。まるで、恋してる!みたいですよ?」
「こっ恋!?」
 あたしは憤慨に近い表情を出したと思う。小雪ちゃんが少し怯えながらも、笑いながらあたしに問い掛ける。
「そ、恋ですよ!間違いないです!」
 小雪ちゃんは、どこか含みのあるはにかみを見せた。あたしは小雪ちゃんの深い意味など知ることもせず、自分の保身で精一杯。
「こ、恋…。あたしが…!」
「そうですよ!夏美さーん」
 小雪ちゃんは甘えた声を出して、あたしの腕に絡みつく。あたしは懸命に笑って見せたけど、まだ小雪ちゃんの言葉に心を揺さぶられていた。

「…夏美さん、誰に恋しているんですか?」
 恨めしそうにあたしの顔を覗き込んだ小雪ちゃんに、あたしは何を言えばいいかわからず首を左右に振った。小雪ちゃんは悲しそうに俯いて、いつもの分かれ道で身を翻し姿を消した。

「小雪ちゃん、ごめん…」
 彼女に謝らなければと、あたしは自然に思った。小雪ちゃんはあたしに特別な気持ちを持っていたことを、今実感した。あたしが小雪ちゃんと同じ特別な気持ち、恋を知った今だから。

 恋をしている。一体誰に。
 サブロー先輩でしょ?憧れだったのよ。バレンタインだって先輩にあげたのよ。先輩しかいないじゃない。今さらだけど、そうなのよ。きっとそうなのよ。だって先輩しかありえないでしょ。
 あたしは自分を無理に納得させている。そんなのはおかしい。恋していることも人に言われて自覚したなら、この胸に秘めている誰かは理性で決めるものではない。
 あたしは西の空を見上げた。街並に隠れてしまいそうな真っ赤な太陽。
「……恋…」
 あたしの頬は赤く染まる。火照ったその頬をひとしずく伝うものを感じて、あたしは呆然とした。
 あたしは泣いていた。

「ど…して……。涙なんか……」

 理屈で恋はできない。あたしの心の中に住んでいる恋の相手は、あの夕陽の色に似ているアイツしかいない。もう認めちゃうわ。
 瞼の裏に浮かんだアイツは、いつもの鼻で笑う仕草であたしをバカにする。憎たらしくて笑っちゃう。
「ギロロ…」
 夕陽に向かって呟いた呼びかけに、モーター音が静かに降りてきた。アンチバリアに守られて、その姿が見えるのはあたしだけ。
「うわ!ギロ…ロっ!?なんで!?」
 あたしは鞄を投げ出すほど驚き、うろたえた。あたしの醜態をいかぶしがっているギロロ。真剣な視線で、あたしを探っている。笑ってくれたほうがごまかしがきくのに、あたしの立場がないよ。

「俺でも用はあるさ。それより俺を呼んだのか?」
「ええっ!?あのっ…。それは…っ」
 アンタを呼んだあたしの声を聞いていた。あたしはより慌てふためいたけど、まだつくろえる。素早く深呼吸を二回して、あたしはギロロの顔を見返した。
「ううん、なんのこと…」
 ここまで言ったところで、まだ瞳の奥に残っていた涙が頬を伝った。
「夏美ッ!?どうしたんだ!?なにがあった!」
 捲くし立てるギロロに、あたしは顔を作れない。
「なんでもないっ」
 手の甲で瞼を擦り、懸命に笑顔の作り方を思い出そうとする。でもダメみたい。
 気付かないうちにあたしは恋をしていたの。その間に溜まった気持ちは想像より大きくて、あたしは戸惑っている。

「夏美…」
 ギロロはらしくないほど優しく弱い声であたしを気遣う。
「ごめん、本当になんでもないの。大丈夫よ」
 あたしはもう無理に笑わなかった。ギロロはあたしの顔を覗きはしない。視線が合わないように夕陽を見つめている。それがアイツの優しさだ。
「人目もない。気にしないで泣いてもいいぞ」
「…バカ」
 あたしを泣かしている張本人がいう台詞に、思わず吹き出した。

「…辛いことがあったのか?」
 問わずにいたかったことのように、ギロロは遠慮がちに聞いた。
「ん…その逆」
「どういうことだ?」
 あたしは答えず、夕陽をバックに宙に立つギロロを見つめた。逆光にアンタの瞳を捉えるのに、ほんの少し目が痛い。
 ギロロはあたしの視線に昨日にはなかった何かを感じるかしら。不思議そうに見返して、すぐに照れたように目を外す。でもすぐに、見据えたままのあたしの瞳に戻った。
「なつ…み?」
 今度はアンタが気付いて。あたしの気持ちに。



fin






「BURNING RUSH2」さまへ投稿
お題「気付かないうちに」を使用させていただきました。

かなり抑え気味に書きました。内容も薄いし、ずるい終わり方で逃げます(^^;
お粗末なものでお目汚しすみませんです。

2006/05/08 大豆ゆたか 拝