手をつなごう
![]() 頼りにならないほど、小さな手。あたしは少なくとも一年前はそう思っていたはず。すっぽりあたしの手の中に入るぬいぐるみみたいな手。今だって守ってもらおうだなんて、露ほどにも思わないわよ。そうよ。そのはずだった。 「意外と……」 あたしの右手とギロロの左手を重なり合わせたいつものテント脇。 「な、なんだ!?」 ギロロは少しばつが悪いように顔をしかめた。掌を合わせるシチュエーションなんて滅多にないから、ギロロはみるみる焦っている。触れ合っているところが熱を帯びて、汗が滲んでる。 「ん…大きさ比べ。そんなに小さくないのね」 「種族が違うんだ。おまえにはかなわないさ」 どこか自嘲めいて、ギロロは手を離した。恋をしているあたしたちは、身体的にはおおよそのカップルの逆。それを気にしていることはない。少なくともあたしは。元から勝気なあたしのこと、恋をしながらどこかライバル視してしまう性分は消えない。 「ね、手繋いでいい?」 「なっなんでだ!?」 あたしを一蹴しようとするギロロの怒った口調。でも、アンタの弱みはあたしが握ったままよ。アンタはあたしにベタ惚れのはず。 軍人のプライドや地球に来た本来の目的、何より異種星人との相違も、アンタの気持ちを止めることはできなかった。あまり言葉に代えてくれないアンタの気持ちも、そのことを考えればどれだけ大きいかわかるわよ。 あたしが誘ってるのよ。アンタは渋い風を演じながらも、手を出してくれるに違いない。 「だってさ、二人でデートなんて出来ないし、それに身長差もあるし、繋いだことないじゃない?こうして座ってるときぐらいしか、出来そうもないよ?ね、ちょっとでいいから」 「……」 さすがというか、手強い。ギロロは女の子の扱いが下手なのね。でもね悪くはない。不器用さはアンタの誠実さを物語る。 しばらくの沈黙の後、むすっとした横顔のまま、ギロロはあたしに左手を差し出した。 「こんな手でもいいのか」 「なによ。卑屈な言い方」 「……ふん、悪かったな」 照れくさいだけじゃなく、ギロロはあたしとの違いを実感したくないのだと思う。卑下する言い方にあたしはちょっとだけ腹が立つ。 アンタだけじゃないわ。あたしも似たような気持ちを抱えてる。 あたしたちの違い、特に体格の差を気にしてないのは本当よ。でも、アンタと同じケロン人の女の子だったら、こんな違いはない。アンタは同じ星の女の子を好きになればよかったと、少しでも思ってない?あたしを好きになったことを後悔してない? 素直にあたしの気持ちを伝えれば、アンタはなんて答える?あたしは怖い。 いつも強気で、アンタに対しても優位の立場でいることはただの錯覚。あたしこそがアンタにベタ惚れなのよ。心の底でいつも実感していることなのに、あたしは認めたくない。 差し出されたギロロの手を握るとき、あたしは少し震えた。そして次の瞬間で離してしまった。 「ごめんっ。あのっ…。嫌なんでしょっ」 無理に理由を並べても、あたしの不自然さは隠せるもんじゃない。ギロロは俯いて両手を胸に隠したあたしを見つめている。 「どうしたんだ。夏美?…お、俺は決して、い、嫌なわけでは…」 「違う!」 何を否定したんだろうあたしは。その声は大きくて、ギロロはあたりを見渡した。夏が近い空の下の平和を崩す野次馬の影はない。 「ごっごめんね。あのっ…」 「夏美…?」 あたしは背中を丸め抱えた膝の隙間から、ギロロを盗み見た。視線が合ったなり、ギロロは怯えた表情になった。 「なんて顔してるんだ」 ギロロにそう言われ、あたしはせっかくあげた顔を再び膝に臥せた。あたしはどんな顔をしてるんだろう。ギロロは誤解しないかしら。 「手をつなごう」 「え…?」 俯いたままのあたしは夢の中にいるように、現実感がない。ギロロが言う台詞じゃないわ。軽く混乱しているあたしを、ギロロは待っている空気がある。ゆっくりと上背を起こすと、ギロロの左手、そして真剣な瞳にぶつかった。 「手をつなごう」 同じ言葉をもう一度言った。戸惑っているあたしの右手にギロロの指がかかる。指と指を交互に重ね、しっかりと握った。 「…さっき、あたし、…どんな顔してた?」 ぽつりと独り言のように、あたしは呟いた。ギロロの手の温もりに緊張はしていない。自分でも不思議なほど、安心感に包まれる。 「…そ、それは…」 「何よ!ちゃんと言ってよ」 言いにくそうなギロロだけど、誤解を生むものではなかったはず。ギロロはこうしてあたしに手を出してくれたんだもの。 「いや、そ、それは…、俺の思い込みかも知れんが。…おまえ、俺に惚れてるんだと…。すまん、俺が勝手に思っただけなんだ」 「えっ!?」 あたしは空いているほうの手で頬を抑えた。ギロロはあたしと反対のほうに顔を反らし何度も謝る。 「…やだ。結構顔に出ちゃうのね」 と、本心を口にしてしまった。 ギロロが顔をあたしに向けた。あたしはギロロの視線を感じながら、もうひとつ聞いた。 「今のあたしは、…どんな顔をしてる?」 「…幸せそうな…」 ギロロは頼りなさそうに言うから、あたしはため息をつく。そうよ、幸せのため息よ。あたしに関して自信がないところなんて、やっぱりアンタらしい。 絡めた指から伝わるのは、温もりだけではない。アンタの気持ちもなだれ込んでくる。ギロロもあたしの気持ちを少しはわかってくれる? もっと自信を持っていいわ。 いつも見守ってくれた。手をつなぐぬくもりや安心感と同じように、あたしはギロロに守られていた。泣きたい想いに駆られる。あたしは堪えて微笑むけど、お見通しかな。 「ギロロもおんなじ顔してる」 「そ、そうか…」 ギロロは照れて笑った。あたしも同じように笑った。 fin
「BURNING RUSH2」さまへ投稿 お題「手をつなごう」を使用させていただきました。 ちと頑張って、ラブモード。これでも精一杯です。 お祭りに浮かれて、二作目です。 2006/05/09 大豆ゆたか 拝 |