ギリギリ
9


 ベッドに戻って寝ろ、とは言えなかった。
 小さなスタンドで照らされた部屋の真中。座っている俺の隣で、夏美は身体を横たえている。彼女に毛布をかける。
「ギロロも」
 夏美は俺の肩に毛布をかける。毛布の大きさに無理がある。今度は夏美の肩が出てしまう。それでも彼女をベッドに帰したくない。
「こうしよう」
 俺の膝に夏美の頭を乗せた。
「重いってば!」「大丈夫だ」と無理に押し付けた。俺の膝枕に夏美。視線を落とせば、俺を見上げる夏美にぶつかる。
「いいぞ、寝ても」
「…ホントに重くない?」
「信用しろ」
 自分でも驚くほど、優しい命令だった。夏美は俺の膝に頬を預けた。さりげなく盗み見ると、夏美は目を瞑っていた。眠りにおちるまで、そう長くないかもしれない。

「…あたしの前ではいつもこうしてね」
「おまえもな」
 こうして、二人だけの秘密の約束になる。俺は、寸暇を惜しんでおまえとの時間を作るだろう。互いに本当の自分に戻れる時間。

「いい気持ち…。このまま寝ちゃってもいい?」
 夏美の髪を撫でた。返事になっただろうか。
「…ギロロ」
 より一層細い声で、俺の名を呼ぶ。

「キスして…」
「……夏美」
 夏美は俺を見上げていた。ゆっくりと瞼を伏せて俺を待つ。
 今夜、夏美は俺の目の前で変わっていく。勝気は失せ、甘えてわがままを言う夏美。俺が一目惚れした彼女とは程遠い。
 そんな彼女がなにより愛しい。

 俺は上背を倒し、夏美のくちびるに降りていく。彼女が頭を浮かせた。俺のくちびるに合わせるためだ。俺は夏美の頭を両手で支え、下敷きだった自分の両足を抜いた。そのまま彼女を下に寝かせる。俺は夏美に覆い被さり、くちづけを続けた。
 夏美は、自分の身体にかかっていた毛布を手繰り寄せ、夜の空気から守るように俺をその中に包み込む。そして互いに手を探り当て、しっかりと絡ませ握り合う。

 夏美。
 夏美。
 美しく柔らかいおまえに、俺は溺れていく。
 くちびるを重ねあうほどに、指を絡ませあうほどに、俺は欲深になって、おまえを壊しそうだ。それでもいいか?

「ギロロ…」
 そんなに切なく俺を呼ばないでくれ。
「夏美」
 俺だって苦しげにおまえを呼ぶ。

 どうしてこんなに愛しいと思うのか。
 生まれた星も姿も違う俺の恋人。俺は心の底から願う。おまえの幸せを。それは俺が与えてはいけないものなのかも知れない。だが、もう俺はおまえを離さない。

 夢もその中で俺が望んだ台詞も、もう必要ない。いや夢でさえ、言っていない台詞がある。夏美に伝えるよ。

「愛してる…」
 息遣いと毛布の擦れる音と、俺の言葉が部屋に舞う。抱き合ったまま俺たちは顔を見合わせる。
「ギロロ…」
「聞こえたか?」
「うん、あたしも。あたしも、ギロロを愛している」

 俺たちの気持ちは言葉に代えられたが、より多くの心は体温で伝わる気がする。それでもなにか歯がゆい気がする。強く抱きしめ抱きしめられ、くちびるを重ねた。
 夏美の気持ちが伝わる。俺の気持ちが伝わっていく。

「夢なら醒めないで…」
 俺の言葉なのか、彼女のものか、わからなかった。それもどうでもいい。これは夢ではないのだから。


「このまま眠ろう…」

 夏美の瞼にくちびるを押し付けた。醒めることに怖れる必要のない夢を見よう。
 俺に従って素直に目を伏せたままの彼女を確かめて、俺も同じようにする。

「おやすみ、夏美」

 俺の妄想だけで終わるだけだった夢は、現実でもう醒めることはない。ギリギリで不安定だった俺たちの関係は、もうないのだ。





fin

2006/12/11

novelに戻ります




とりあえずFINマークをつけました。
食あたりしそうなほど、激甘ですみません。


※この話の続きは18禁です。「fin」からurl請求のご案内しています。