9.熱


 少し熱がある。
 自覚はある。ほんの5分ほど前からだが。
 ケロロに言わずとも、侵略会議は今日も立ち消えだ。途中で俺が消えても、ガンプラ評論と化したそれは何の影響もないだろう。
 俺はテントに戻ることにした。

 日向家の廊下に出ると、思いのほか冷たい空気に、体調の急激な悪化を実感した。
 どうやら本格的に風邪を引いたようだ。
 滅多にないことだが、よく効く薬はテントに常備してある。飲んで一眠りすれば、翌朝にはケロロに檄を飛ばせるだろう。

 こんな状態で会いたくない人物に会ってしまう。なんというタイミングの悪さ。
 庭への通り道のリビングに夏美がいた。

「ギロロ!……あー、びっくりした!」
「それはこっちの台詞だ。この時間にいるとは思わなかった」
 平日の午前中だ。規則正しいペコポン人の生活ではそうあることではない。

「何よう!あたしの家なんだからね!」
 と、気を悪くした風を装い、やかんに水を入れる。
「テスト休みだから」と普通の調子で説明するから、夏美らしくておもしろい。何から何まで怒り易い気質を演じなくてもいいと思うのに。

「今日は冷えるわね。ギロロもココア飲むよねー」
「お、俺は……」
 断定的に言われると、つい断りたくなるのは俺の性分だ。だが、俺は断れなかった。返事を返すのも辛くなってきた。

「ギロロ?なんか変くない?」
「……俺に近づくな。風邪が移る……」
 そこからの記憶がない。
 俺は倒れたらしい。



 俺はどのくらい眠っていたのだろう。
 眠りから覚めたばかりのまどろみの中で、目を瞑ったまま俺は記憶を辿る。そんなあやふやな思考に不意に声が降ってきた。

「……大好きだよ」
 夏美の声だ。
 夏美が俺のテントにいる?
 そもそもここはテントの中なのか?
 疑問ばかりが俺の頭に沸いてくる。だがもう一つ大事なことに気が付く。
 夏美は何を見てその言葉を呟いたのか。考えても考えても皆目見当が付かない。
 俺は目を開けた。やはり俺のテントだった。一人では十分なスペースのそこだが、彼女には狭すぎるだろう。だが、夏美は確かにいた。
 使い勝手の悪い簡易ヒーターをつけたようだ。夏美が暖めてくれた空間で、彼女は何を好きだともらしたのか。勝手に逸る心臓に、俺は激しく首を左右に振った。

「起きた?」
「こ、ここで何を……?」

 夏美は心配顔を隠さず、俺の瞳を覗いている。そうだ。彼女は目の前で倒れた俺を心配しているのだ。
 万全と言うには不安は残るが、熱はもう引いているだろう。俺は礼を言うべきだ。

「な、夏美はいつからここに……?」
「もう平気みたいね。……本当タフね」
 半日寝ていたと夏美は言う。俺はまだ感謝の言葉を言えない。彼女の優しさに他の何かを期待しているのか。自分の浅ましさを認めたくないばかりに、夏美に悪態をつきそうで口を噤んでいる。

「だからどうしておまえが……!」
 むしろ俺は夏美を牽制したはずだ。風邪を移したくなかったんだ。もしテントに運んだだけとしても、ここに夏美がいる理由はない。
「なんにも覚えてないのね」
 夏美は抱えたひざの上に頬を置いて、ため息をついた。

 顔面蒼白は俺は、まるで熱にうなされた数時間前の姿だ。
 まさか俺は夏美に何か言ったのか?
 まさか俺は本音を漏らしたのか?

「『そばにいてくれ』」
 

「わ、忘れてくれ!!そ、それは、熱でどうかしてたんだ……。そ、そうだ!」
 行くなとせがんだだけなら、まだ誤魔化しがつく。夏美に俺の気持ちを知られてはいないなら、俺の気持ちは熱のせいで言い訳が付くはずだ。笑い者にするなら、それでいい。

「……熱のせい、なの?」

「…………」

 夏美は俺を睨むように見つめている。頬が赤くみえるのは、小さな暖をとるためのヒーターのせいではないのかもしれない。
 ふいに、起き掛けに聞いた彼女の呟いた一言が俺の心を占領し、騒ぎ出す。

「いや違う。熱のせいではない」

 熱に浮かされ漏れた俺の言葉は、それだけではない。そばにいてくれの後に続いた台詞を、夏美は聞いたに違いない。
 記憶がないままの俺の言葉に対する返事が、夏美のつぶやきなのか?
 俺はおまえに何を言ったのか。記憶にはないが、容易にその先は言えるはずだ。いつだっておまえに感じていた感情だ。
 深く息を吐いて、夏美を視線を合わせた。

「夏美を愛している……」

 夏美は答えてくれるはずだ。さっきの言葉を。





fin


2008.12.04



リハビリに書いたらズコー


orz

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