てのひらに夢
1 from G side ![]() 「夢って叶えるためにあるのよ」 夏美の声が耳朶に残っている。何気ない会話の断片だった平凡な台詞なのに、俺の心に深く突き刺さった。 俺は弱々しい白い太陽を見上げた。同じ太陽が、まだじりじりと俺を照らした夏の日の彼女の一言だった。 侵略は任務だ。俺のやらなければいけないことだ。夢ではない。 俺の望むことは、侵略より困難なもの。彼女の心だ。 だが、数年の一方的な想いは、成熟しているのだ。この想いが辿り着く先も結果もわかるほどに。 あきらめろ! 極めて冷静に俺の心は命令をしている。 「わかってるさ…」 白くかすむ冬の空に上っていく俺のため息。ぼんやり目で追って、俺は何百回目かの決心をする。 彼女をあきらめること。 「ギロロ!お芋焼けてる?」 突然、彼女が庭にやってきた。今日は休日で、どこかに行ったはずではなかったか。弟には女友達と買い物に行くと言っていたはずだ。 「なっ夏美!?おまえっ、もう帰ったのか?」 「うん、ちょっとね」 夏美は目を合わせず、俺の隣のレンガに座った。肩に下ろしている髪が、焚き火の熱風に踊る。目と頬が少し赤い。焚き火のせいでないことはわかった。彼女は泣いていたのかもしれない。 「まだ固い。焼けたら声をかけるから、家で待て」 「ふぅーん」 俺を挑発する語調ではなかった。張っていた気を抜いたような感じだ。俺の隣でその行為は、気を許していることか。それとも、彼女が俺を男として意識してないことなのか。 「夏美、風邪を引くといけない。中に入れ」 「なによう、そんな追い返したいわけー!?」 「い、いや、決してそんな…。俺は構わないが」 彼女に離れてほしいと願うわけない。が、心苦しい気持ちも確かに少しはある。 さっきの決心が簡単に緩んだわけだ。俺は彼女のことに関して、どうもこんなに弱いのか。 「なにか……あったのか?」 答えはなかった。小枝の燃える音と、そんな遠くない車の往来の音がするだけだ。 何かあったのだ。夏美に。少なくとも、彼女が涙を流す出来事があったのだ。 俺は密かに焦ったが、それを口にすることなど出来ない。貧相な俺の言葉と、みっともなくうろたえる姿が容易に想像できたからだ。 「早く焼けないかな。お芋」 俺も答えなかった。薪をくべ、火力を強めた。芋が早く焼け、そして彼女が去るように俺は願っていた。 彼女と俺は何の関係もない。 ただの偶然で今隣に座っている彼女は、俺とは違う世界の住人なんだ。あきらめなければいけない人だ。 俺の決心は簡単に揺らいだが、消えることはない。やがて向き合わなければいけないことだ。振り払ってもまとわり付く、見ぬふりをしても死角に潜む、避けられることのない宿命だ。 煙を追うように空を見上げ、熱くなった慟哭を喉の奥に鎮める。 「おまえの夢はなんだ?」 彼女が現れる前に考えていたことだ。深く心を痛ませていたのは、この質問の夏美の答えなのだ。ずっと聞きたかったことだった。俺を絶望に陥れ、彼女をあきらめる言葉を。 彼女はきっとこう答える。 「……好きな人と結ばれること」 「そ、そうか……」 「驚かないのね、ギロロ。わかってた?」 ああ、わかってた。 勝気でパワフルな夏美には、一見似合わない夢に見えるやつもいるだろう。だが彼女は願っていたはずだ。父親のいない家庭に育ち、母親の仕事を引き受けて育った。幸せで平和な家庭を願うのは必然だろう。 彼女は成熟した大人の年齢に近づいている。いたずらに憧れる恋ではなく、本物の愛を手に入れてもおかしくはない。 そして、それを求める対象は、俺の知っている男なのだろう? 何故そいつの名を言わない。誰もが知るところだろう。先週、この家に来て、おまえの母親にも紹介していただろう。 「叶うかしらね。あたしの夢……」 夏美の言葉はシンプルなのに、寂しそうに聞こえてくる。裏に違う意味を隠しているのか、俺は無駄足掻きをして希望を見つけようとしているのだろうか。 俺は俯いた。希望などない。微塵もない。それも全てわかっている。 強く瞼を閉じ、俺は自分の立場を実感した。彼女をあきらめるべき時が来たと。 「……夢は叶えるものだろう。おまえが言ったことだ」 「ギロロの夢は?」 叶えられない夢は、まだ夢と呼んでいいのだろうか。俯いたまま目を開け、夏美とはあまりにも違う色と形の自分の拳を見下ろす。この手には入らないもの。あまりにも遠く、大きい存在。 「……あきらめている最中だ」 |