てのひらに夢
2

from N side


 アイツがあきらめる夢って何だろう。
 あたしは自分のベッドに寝そべり、窓の外の空を見上げた。

「そんなに簡単にあきらめられるんだ?」って呟いたら、アイツは怒ってしまった。というより、今思い出すと悲しそうな顔にも思える。
 それって地球侵略のこと?それとも……。

「あたしのこと、諦めちゃうの……」
 そう、あたしはあいつの気持ちに気が付いている。そんな鈍感じゃないわ。
 多分ずっと知ってた。何年も前から。気付かないふりをしていたのよ。そのほうが楽だった。
 だって、あたし自分でも信じたくなかったのよ。あたしがアイツと同じ気持ちでいることを。

「宇宙人じゃん。……カエルじゃない」
 姿も形も違うアイツにこんな気持ちになるなんておかしい。せいぜいライバル止まり。
 そう思っていたのに。自分でブレーキをかけたはずなのに。

 それが今はどう?
 自分の気持ちを認めちゃってからは、あたしは以前よりもっと自分が信じられない。アイツへの気持ちの大きさに驚いている。

 そして、アイツはそんなあたしの気持ちに気付くどころか、逆にあたしを諦めようとしている。
 素直に恋心を告白できないあたし自身を棚に上げ、勝手に身を引くアイツに悔しさがこみ上げる。
「このあたしが好きになったのも奇跡なのに、どこまでバカなのよ!」
 起き上がりざまに、枕に拳をふるったが、その力はなかった。乱暴な言葉でごまかしはできないあたしの本音。

「嘘よ。大好きよ。……こんなに切ないの、限界だよ……」


 今日、偶然にサブロー先輩と会った。友達と買い物していた途中。
 あたしとサブロー先輩はケロン人の秘密を長年共有していることで、もう友達関係になっていた。先週も家に来て、たまたま家にいたママと宇宙人談義を交わしていた。孤独を好む先輩も、あたしたちには気兼ねなく話せる仲になっていたのだ。

 あたしが先輩に憧れていたことを知っている友達が、気を利かせて少し二人にさせた。小さな公園のベンチで、先輩が言った。数年前のあたしが聞いたら、卒倒するであろう言葉だった。
 先輩から交際を申し込まれたのだ。

 あたしは泣いてしまった。
 心は少しも動かなかった。アイツへの想いを一層確かにするだけだった。



「ギロロ……」

 乱暴に扱った枕を胸に抱く。
 苦しくて、切なくて、あたしの気持ちのままに枕が歪んだ。
 握り締めたてのひらを広げる。少し焼き芋の香りが残っているかと、近づけた。
 何も残っていない。

 この手にほしいものは、残り香ではない。愛する人の気持ちと温もりだ。

「それがアタシの夢よ」



「姉ちゃん!姉ちゃん!入るよ!」
 突然、部屋の向こう側から階段の駆け上げる音が聞こえたかと思うと、あたしの部屋がノックされた。冬樹だ。
 あたしは瞬時に両手で顔を確かめた。こぼれた涙を乱暴に拭いて、頬を二回叩いた。
「ふっ冬樹!?一体、何なの?」

 ドアが開いて冬樹がなだれ込んできた。どんな朗報なのか、冬樹の顔は輝いていた。
「姉ちゃん、おめでとう!よかったね!」
「……ちょっ、何?何なの?」

 冬樹が持ってきたニュースはあたしのことらしく、しきりにおめでとうを連発して話が見えない。合点が行かない顔をしているあたしにやっと気付き、冬樹は落ち着いた。

「姉ちゃんサブロー先輩と付き合うことになったんでしょ!」
「え?」
「隠さないでもいいんだよ!クルルが教えてくれたんだよ」
 冬樹は自分のことのように喜び、拍手をする。だが、あたしは顔面蒼白だ。
「まっ待って!!違う!違う!」

「え?何が違うの?だって先輩から告白されたって聞いたよ」
「誰に!?」
「だから、クルルだってば!……姉ちゃん?」
 今度は冬樹がきょとんとした顔をした。
 あたしはまだ思考がよく回らない。サブロー先輩がクルルに言ったとしか思えないが、それがどんな意味なのかわからない。だってあたしは先輩に謝ったはずなのに。

「……姉ちゃん?」

「この話、ギロロも知ってる?」
 これが肝心のことだとやっと気が付いた。

「うん、軍曹の部屋にみんないたからね」




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2007/01/10

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