てのひらに夢
6

from N side


 タワーの頂上の弱い日光が、柵越しにあたしにも差し込む。
 あたしはギロロの姿が見えないように、柱の裏側に身を隠して、耳に両手を当てた。
 ギロロと先輩2人の声がよく聞こえた。
 盗み聞きになる背徳感はなかった。二人の声は機械を通さなくても、あたしの耳に届いたからかもしれない。

 ギロロ!ギロロ!
 何度も叫びそうになった。
 多くは語らないギロロの気持ちが、あたしの心になだれ込んでくる。
 これは本当のことなのね。あたしの思い込みじゃないよね。

 黙って帰らないで。
 あたしの気持ちをわかった風に、あたしの前から消えたりしないで。

『夏美を泣かせるな。最初で最後の願いだ』
 ギロロが先輩にそう懇願した時、あたしは立ち上がっていた。
 そしてギロロと目が合った。

「な、夏美……」
 ギロロは怯えた顔をした。すぐに消えてしまいそうな不安に駆られて、あたしは怖かった。

「……行かないで」
 やっと乾いた喉の奥から出た言葉は、思うより掠れてギロロの耳にきっと届かない。涙が零れ落ちていく。
 本当のあたしの気持ちをわかって。今、言葉にするから。

「そこで待ってて、夏美ちゃん」
 サブロー先輩のいつもの声だった。明るくて曇りがない。視界の中に上へ繋がる梯子を見つけたが、足が動かない。先輩の言う通りに従うほかなく、あたしは座り込んだ。

 梯子から先輩が降りてきた。ギロロの色を見た途端、あたしはまた涙が溢れる。俯いて隠したかったが、ギロロが消えてしまわないように見つめていた。

「もう一度言おうか。彼女を泣かせてんのは俺じゃないよ」

 先輩は何もかもわかっているようだった。先輩を見上げたあたしを見て、優しく笑っていた。
「クルルが連れて来たんだろう?だいたい時間どおりだよ。さすがクルル」
「どういう……事ですか?」

 先輩は小さいため息の後、呆れた風に笑った。上着からマジックと紙切れを取り出して、何か書いた。
「すぐにわかるよ」
 紙飛行機が実体化して、先輩はその上に乗った。
「身を引くのは俺のほうだよ。伍長さん」
「サブロー!?」
 ギロロはあたし以上に事情を飲み込めないらしく、答えを聞こうとする。でも答えは聞けそうにない。
 サブロー先輩はウィンクをして、紙飛行機を滑らせ飛び立っていた。
 タワーを一周したところで、先輩はあたしに叫んだ。
「クルルのくれた機械、壊しちゃったほうがいいよ。きっと変な機能も仕込んであるよ」
 あたしは耳からその機械を取り出した。クルルが作ったそれは、ただの集音機ではなさそうだ。きっと録音もできるのかもしれない。タワーから放り投げた。

 そして二人きりになって、しばらく沈黙が続いた。
 冬日が翳ってきた。風の冷たさで夕暮れを知り、やっと寒さを感じた。

「……話を聞いていたのか」
 座り込んでいるあたしの正面にギロロは立っていたが、視線は合わせなかった。かすかに眉間に刻まれたしわは不機嫌なのか、気不味さなのかわからない。

「ごっごめんなさい……」
 その後に続けたい。自分の正直な気持ちを、言葉にして。

 どこにも行かないで。あたしの側にいて。
 ずっと前から、愛していたと。








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2007/02/18

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