てのひらに夢
9 from G side ![]() 繋いだ手で、くちびるで、夏美を感じる。 現実に追いつけなかった心に、幸福の感覚が押し寄せてくる。これは本当なのか。クルルの見せる妄想なのか。 いや、違う。 全てが本当の夏美だ。 くちづけを続け、手も離さないで、俺は夏美を抱きしめた。 不恰好な抱擁かもしれない。やっぱり不釣合いかもしれない。だが、夏美は俺と同じ気持ちだ。彼女は静かな涙を流している。もう疑うことはない。 「夏美……」 くちびるを離すのが惜しい。 この瞬間から、俺は臆病なこどもになってしまったようだ。 いつも確かめて、いつも感じて、片時も離したくなってしまいそうだ。 「自分が怖い」 まさに今、俺が思っていることを夏美が言う。ただ意味は違うのかもしれない。 こんな宇宙人と愛を交わした自分を怖れているのではないか。確信したばかりの夏美の気持ちに、不安を持つ俺は情けない。俺は無言でその続きを待った。 「こんなこと言ったら、バカな女って思う?あたしらしくないって思う?ギロロに嫌われない?」 「な、なんだ?言ってみろ」 自分のネガティブシンキングは恐ろしいほどアグレッシブだ。殊に夏美に関しては、とても前向きに考えられない。夏美に知れたら、それこそ嫌われそうだ。 「んと……、やっぱダメ。……あのね、ベッタベタな台詞ばかり思いつくの。油断してると無意識で言っちゃいそう。ほんとどうかしてるあたし」 真っ赤な顔で夏美がまくし立てる。どうやら、俺の不安は無用だ。むしろ、俺への想いを抱えてくれているらしい。 もどかしい気持ちを抱えているのはお互い様だったが、俺は安心したせいか先走りしないですみそうだ。からかい半分に夏美を急かす。 「聞かせてもらわなければ、わからないな」 「あのね!卑怯だからその低音はやめて!」 「すまんが地声だ。卑怯と言われる筋合いはない」 甘いムードがまた喧嘩腰になるから、困ったものだ。まだ、手は繋がったままだが。 「……その声で言われると、なんでもない言葉でも、……こう」 夏美の尻すぼみの言葉に、俺は眉間をひそめる。 「きゅんとくんのよ!ここが!」繋いでない片方の手で夏美は胸を叩いた。 「きゅん!?」 「うわー、恥ずかしい!死語だよ!今の忘れて!つか忘れなさい!」 命令なのかよと、また一歩甘いムードから離れた俺たちだが、気持ちは固まっていく。俺たちは互いに夢中なのだ。 「サツマイモ」 唐突の俺の呟きに、夏美は呆気にとられた顔をした。 「きゅんとしたか?」 意地悪く言ってみた。 「〜〜〜〜っ」夏美膝を抱えて俯いてしまった。からかいすぎたかと俺は、不安がよぎった。 「したわよ。悪い?あたし変でしょ?」 「確かにおかしいな」 俺は笑ったが、本当は感動している。イモごときで、俺に振り回されるのか。俺にとって夏美が唯一の弱点と同じように、夏美も俺に弱いのか。 俺の心を知るわけのない夏美も、俺につられて笑っている。 俺はまだ言ってない言葉がある。おまえから貰った『愛している』の言葉。それを言ったらおまえはどうなるのか。だが、彼女の反応が楽しみなわけではない。俺は本心から夏美に言いたいのだ。深く空気を吸い込んだ。冷たい空気だ。これを伝えたら、帰らなければ。 「帰ろ!ギロロ」 シリアスな空気を読んでくれ。俺は肩透かしを喰らった。夏美はさばさばした顔を無邪気に俺に向ける。 「……あ、ああ……。そうだな、風邪を引かせそうだな」 俺はあきらめた。だが、そのチャンスはいくらでもある。そうさ、夏美はいつも俺の側にいるのだから。 俺は梯子を登り、西澤タワーの頂上に置いてきたソーサーを取ってきた。 「さ、帰るか」 「うん。でもさ、皆知っているよね?あのクルルが言わないはずないもの」 夏美は立ち上がって伸びをした。ソーサーに乗って浮かんでいる俺の正面だ。 「まあな。……しょうがないさ」 今ごろ日向家は、クルルの呼びかけでほぼ全員が集合していることだろう。気が重くもあり、胸を張りたくもある。後ろに乗せた彼女は、俺の恋人なんだと言いふらしたいような、誰の目にも触れさせず彼女を囲いたいような、全く自分勝手な思考だ。 「サブロー先輩もいるかしら」 「……ああ。……な、夏美」 その名が彼女の口から出ると、心が痛む。条件反射というより、長年の習慣のようだ。惨めなシナプス回路だ。 「そんな顔しないでよ!」 はっと俺は俯く。夏美の目には、俺は一体どんな表情に映っているのか。 「自信のない顔する必要ないからね!ほら、お礼言わなきゃいけないでしょ。あたし言ってなかったもの。……先輩はきっとあたしがじれったくて、背中を押してくれたのよ」 それはどうか、と俺は思う。 あの男は夏美に真剣だったはずだ。俺を睨み詰めた眼光の鋭さは、本物だった。複雑だったに違いない。俺を挑発しつつ、夏美の気持ちを叶えようとしたのだ。 「感謝している」 「うん」 夏美は嬉しそうに微笑む。聡明な瞳は何の迷いもなく俺だけが映る。彼女の恋人としての俺だ。 今更ながら、身に余る幸せに恐ろしさを感じる。 「……ギロロ?」 「あ、いいや……。手を貸そう」 ソーサーに乗せるため手を貸した。てのひらがあわさる。 昼間、焚き火を目の前で涙の後が残る夏美が、呟いた言葉を思い出す。 『夢は叶えるためにある』と。そして彼女が教えた自身の夢。 その夢は叶えられたか? 俺はおまえにおまえの欲しかったもの全てを、与えられているか? 叶えられた夢はもう恋焦がれたはかない希望ではない。俺の役目だ。 おまえを悲しませはしない。必ず幸せにする。 俺の夢はこのてのひらの中にある。その温もりをソーサーの後ろに乗せ、帰るとしよう。 |