特別な日なら…
10

F viewpoint


「ヤッフーッ」
「ク〜クックックック」
 ここは、最高潮だよ、姉ちゃん。しばらく帰ってこないほうがいいんじゃない。でもそれも良策とは言えないよ。とにかくあれは捨てなよ。

 日向家のリビングはもうすっかり出来上がってる。ママが今夜帰らないのが救い。



 1時間前、軍曹が一人で家に帰ってきて、姉ちゃんが一人で伍長を探している最中、もうすでにリビングにみんな集まっていた。周到に用意されたスピーカーの意味を、ケロン人以外の僕たちは知らずにいた。主役が帰らないのに、何をはじめるのかと思えば、聞こえてきたのは伍長と姉ちゃんそれぞれの独り言。それからはこの計画がどんなものか、やっと理解できた。

 本当は純粋に伍長のお祝いの計画だったのに、軍曹は初めからこれを狙っていたらしい。どうやらクルルも一枚噛んでいる。というより首謀に近いかも。
 姉ちゃんと伍長に渡されたあの機械も、クルルのいうところのお祝いだったらしいから。
 ちょっとしたタイムラグがあるけど、姉ちゃんの飛行ユニットにも二重に仕掛けられていたそうだ。

 そして、今しがた姉ちゃんと伍長のラブシーンが終わったばかりの部屋は、それまで成り行きを聞き逃すまいと静まり返った反動とそれを祝う盛り上がりで、異様な光景だ。


「冬樹殿、なんか暗いよ?」
 もう出来上がってる軍曹は、上機嫌で僕の肩を叩いた。返事をせずにジュースをちびちび飲む。
「軍曹さん、そりゃあフッキーは複雑ですよ〜」
「あ、そうなんでありますか?我輩、その手のことは疎いものでありますから」
「冬樹くん、大丈夫ですか?」
 タママは僕をフォローしたけど、やっぱり嬉しそうだ。西澤さんも僕に同情した顔をしたけど、複雑そうに微笑んでいる。
 軍曹は僕より年上で大人らしいけど、恋とかそんな感じのものは興味ないんだよね。僕も似たようなもんだけど、姉ちゃんはいつの間に伍長を好きになってたのかな。軍曹のほうが僕より早くにそれを知ってた事実が、余計落ち込むよ。

「そうですよね。おじさまは夏美さん以上に鈍感です。ていうか馬耳東風」
「んだとゴルァ、どさくさに紛れて軍曹さんに何言うつもりじゃー!」
 モアちゃんもタママもいつもと変わらないように見えて、結構そういう感情があるのかも知れない。って僕はやっぱ鈍い?

「夏美殿ほど鈍感はいないでありますよ。ゲロゲロ」
「軍曹さんも相当ですぅ」
「ていうか、似た者同士?」
「っていうか、それ四文字熟語じゃないし。……」

「あれ?小雪殿も暗いよ?冬樹殿よりひどいでありますよ。つか、ドロロいねー。あ、やっべー、何もいってなかったであります」
 軍曹の言った通り、東谷さんはひどく落ち込んで見える。どうしてなんだろう。
「わ、私なら大丈夫!…でもないです。気にしないでください」

「いやぁ、クルル曹長のおかげでありますよ!我輩、ここまで成功するとは思わなかったであります。二人をからかって終わるだけのアニメ的な落ちかと侮っていたであります」
「まあな。俺的にも上出来だな」
 クルルは伍長の気持ちをお見通しだったんだ。きっとこの中の誰よりも。性格的にも伍長を応援なんてあり得ないけど、からかうついでにこの結果になることを少しは望んでいたのかもしれない。
 僕は少し元気になった。伍長の真面目で筋の通った今時古風な性格を知っていたし、姉ちゃんの本当の気持ちもわかった。二人は相思相愛だったんだ。祝福してあげなきゃ。応援してあげなきゃ。
 僕は宇宙人の軍曹と友達になれた。多分地球で初めてだ。そして、姉ちゃんは宇宙人の恋人だ。これも人類史上初めてなんだろうな。
 軍曹たちが愉快そうに共鳴しているのを見てると、自然と微笑んでくる。
「もう大丈夫みたいだ。僕も」
「はい!よかったですね。意外でしたが、お似合いですわ。……ふゆ、冬樹くんと私は…あの、その」
「何?西澤さん?」
「いえっなんでも!……って今度はこっちの番だっつーの!!」
 西澤さんも相変わらず面白いなあ。僕は全然疎いほうだけど、西澤さんも女の子なんだし、恋をしてるのかなあ。タママなんかお似合いかもしれないな。実際想像してみたら、噴出してしまった。
「ど、どうしたの?冬樹くん」
「ごめん、なんでもないよ」

 スピーカーが音を拾ったらしく、小さなランプが点滅した。盗聴器の側の伍長たちが話し始めたのだ。
 僕たちは水を打ったように静まった。まるで瞬時に凍ったように、完璧な静寂になった。その向こうで、伍長と姉ちゃんは、なにやら今までと違った色の空気だ。

『あ…ギロロ…、いきなり…?』
『すまん、止められないんだ』
『キャッ……。あ…っん』
『………』


「お、おお!これは!?ヤバイであります!」
「先輩も男だね。くーっくっく」
 こっちの声は伍長たちには届かないけど、スピーカーからの声を聞き逃さないためにヒソヒソ声になる。
「っていうか、有害図書?」
「モアちゃん微妙に違う!ってもう止めようよ!僕、聞きたくないよ」
 なぜか西澤さんが僕の腕を取り、スピーカーの前のみんなの列に座り込む。聴力が三倍増しになっている次の瞬間。
『ばかもん!!』
 特大の伍長の怒号が響いた。
「うわっ」「キャー!」悲鳴が飛び交う修羅場になった。
 鼓膜が裂けんばかりの大声に、スピーカーは飛び跳ね、クルルの眼鏡が割れた。最前列を陣取っていた軍曹は、なぜかアフロになっている。

『覚えてんのよ?アンタたち』
 今度は背筋が凍るほどのぞっとした姉ちゃんの声だった。もう軍曹はすくみあがった。
「感謝してほしいくらいであります」
 と、弱々しく僕に笑いかける。僕を共犯に巻き込まないでよ、軍曹!

『今から帰るぞ。もう解散してろ!』
『起きてたら承知しないからね!』
ガシャと機械を踏み潰す音が聞こえて、音声は完全に途絶えた。

「ってどうする?みんな」
 僕は帰宅を勧める顔をしたつもりだけど、誰一人立ち上がろうとしない。顔を見合わせながら、これ以上おいしいシーンを見逃せないって思ってる。実は僕もそう思っているのかもしれない。
 掛け時計を見ると、まだ午後九時を回ったところ。軍曹の視線を感じ見下ろすと、軍曹は親指を突き出してにんまり笑った。
「これからが本物のパーティでありますよ!」
「くっくっく、主役を待ちますか」
「おー!」「料理を温めなおしますね」
 と、みんなで軍曹に同意した。ごめん姉ちゃん、僕も二人を心から祝福したいんだ。待ってるけど、あんま怒んないで。


「さっきの音何事でござるか?」
 そこにドロロが登場。軍曹はヤバイって顔をしている。どうやらまた事情からあぶれてたらしい。でも元々の伍長のお祝いのことは知っているはずだよね。
「今から伍長のお祝いなんだ。もう少しで帰ってくるから」
「では開始時間には間に合ったのでござるな」とドロロは嬉しそうに笑った。なんだか良心が痛むなあ。

「これでも聞きながら待ってようぜ」
 クルルの人差し指にはまっているのは、CDだった。きっと今までの会話を、全部焼いてあるんだ。姉ちゃんたちには気の毒だけど、クルルにはお手上げだよ。ドロロにもこれで事情が通じるはずだ。
「おまえってほんとにヤな奴でありますな」
 と、軍曹はにんまり笑った。




continue

2006/05/02