特別な日なら…
5 ![]() N viewpoint もう夕陽の残りの色は何もなくなった。漆黒の闇が近づいてくる。 向かう先は街の灯がえぐられたようになくなって、その先は海だと気付いた。きっとこの近くにいるはず。その時前のほうから小さな音が聞こえた。なにかのモーター音だ。 「ギロロ?」 「残念でありますな。夏美殿、我輩でありますよ」 「なんだボケガエル。ってそっちにはギロロいなかったの?」 あたしこそ見当違いの場所を探してたのかと思うと、ショックが疲労になりそう。 「いや、見つけたでありますよ。ゲロゲロリ。それがあの赤だるまのヤロー、我輩をなぐるんでありますよ?きっと奴はいじけてるんでありますよ」 ボケガエルはフライングボードのバランスをとりながら、器用に手振りで状況を伝える。 「アンタじゃあるまいし…。でもギロロも頑固ね」 「この企画は無理があったんでありますよ」 ボケガエルの怒りの矛先が急転した。 「元々、夏美殿とギロロの出会った日であります。お祝いなら二人ですればいいであります。も〜、おなかペッコペッコであります!我輩は先にみんなと食べてるであります!」 敬礼してもっともらしいことを並び立てたボケガエル。あたしの反論を許さない。 「あー、お祝いの品でありますか。そのうち大きいパーティの予定があるでありますよ。企画を変えて、そっちに変更でありますよ。では、あの赤だるまをよろしくであります!」 「え?予定?って何?…え、え?」「こらー、戻ってこーい!!」 あたしの怒鳴り声も、どこか楽しそうにボケガエルは喉を鳴らしながら飛び立った。 ボケガエルの飛んだ上空から、小さい物が落ちてきた。スピードに乗って落ちるそれを掴み取ると、それは小さなリモコンのようなものだった。 「コレ何の機械よ。絶対クルルのよね」 キャラメル箱のようなそれには一つだけスイッチがついていた。何も考えずに押すと、緑のランプが灯った。雑音に混じり、聞き覚えのある音が聞こえる。 『夏美…』 「え?ギロロ!?」 機械の向こうのギロロは、あたしに答えてくれない。あっちの声が一方的に送られているだけ。かすかに海の音も混じっている。やはりこの近くだ。 「どこにいるの。ギロロ!」 『俺は夏美を、…愛してる』 え? あたしの声にかぶってよく聞こえなかった。愛…って言った?あたしを愛してる? 握り締めてる機械の箱の緑の光が赤色になった。なんの音も聞こえない。でも今聞いたばかりのギロロの告白に、あたしは震えていた。 本当?本物のギロロの言葉なの?クルルやボケガエルの陰謀かもしれない。半分はそう思っているのに、あたしの動悸は収まってくれない。 「本当なら、…どうするの?あたし…」 ギロロが真剣にあたしを想っていても、あたしの気持ちは変わらないはず。そうよ、問題はあたしの気持ちよ。気付かなかったふりで誤魔化すことなんて簡単よ。鈍感を演じればいいだけよ。 「ギロロ…」 あたしはアイツの名前を呼んだ。何度も何度もあたしを助けて、あたしを励まして、あたしのために傷ついたアイツの名前を呼んだ。 涙があふれてくる。顔に受ける風で涙は頬を伝わなくて、風下に流れていく。 「…せつないよ。ギロロ。こんな気持ち、なんていうの?」 こんな苦しいなんて、誰も教えてくれなかった。嬉しくて楽しいだけの恋は経験済みよ。でもそれは本物の恋ではなかったのかもしれない。憧れという名の幼い恋。 もうあたしは子どもじゃない。この気持ちを想いを、もう知ってもいい。人間でなくても、住む世界が違っても、あたしはもうこの気持ちから離れたくない。そしてアンタとも。 アンタと同じ、大人の言葉を初めて言うわ。 「愛してるわ、…ギロロ」 |