特別な日なら…
8 ![]() G viewpoint 夏美の横顔はすっかり、俺がよく知っているいつもの彼女に戻っていた。俺の気持ちを拒絶しているように、俺は思えてやはりショックだった。と同時に、安堵する自分もいた。 「ギロロ?」 名前を呼ばれて、俺ははっとした。俺を見返す夏美の笑顔が、次の瞬間には凍りつくはずだ。 「おまえを愛してる」 短い一言に複雑な想い全てを凝縮しきれない。だが、それでしか表現できない。 淡い希望にすがって、俺は告げたわけではない。ただ、おまえの顔を見ると現在山積みになっている問題も、未来への不安も、全て消えた。 「聞かなかったふりで構わない。…よほど鈍感でなければ、知っていただろう。ケロロたちが言うには俺は分かり易いらしい」 「ど、鈍感…って」 「違うのか?」 なんということか、俺は以外に平気だった。みっともなくうろたえる最低の態度どころか、夏美の反応を待っている自分さえいた。 「鈍感じゃないわよ!」 「そうか」俺は笑った。夏美のほうが焦っているふうに見える。聞かなかったふりでいいんだ。今の関係のままでいいんだ。何も無理に笑う必要も、俺に応える必要もない。 「さっきの、本当なのね?」 「…何のことだ?」 立っている俺は、座っている夏美と視線の高さが同じだ。目線は別方向に流したままで、夏美は俺に手の平の中のものを開いて見せた。小さな白いその箱は、俺の手元にある受信機と同じものだった。 「おまえ、こ、これを、どうした!?」 俺が持っていたそれを、夏美に差し出す。二つの機械は、赤いライトが灯って今は何も聞こえない。 「ギロロも、……。って、まさかアンタも聞こえてたの!?」 「お、おまえこそ、何を聞いたんだ!?…おまえが言ったことは…」 俺と同じ事を夏美はしていたに違いない。動作を示す電気が緑のときは、相手の声を傍受し、赤のときは逆に送信していたのだろう。独り言だと疑いもなく吐き出した本音を、互いに聞いたのだ。 俺は、今直接、夏美に伝えたのと同じ言葉を言ったはずだ。そして、夏美が俺を愛してると言ったのも真実なのか?あれは誰かの策略ではなく、夏美本人の言葉なのか? 「……本当よ」 俺を愛してると、おまえは言ったんだぞ?あるわけない。俺は告白したときより、ひどくうろたえた。 「アンタと同じ言葉を言ったわ。…鈍感じゃなかったら、意味がわかるでしょ!」 膝を抱えたまま、俺を真っ直ぐ見据えている夏美。暴かれた真実に、悔しさに似た表情を浮かべた。 「お、俺は…っ」 鈍感というより、その手の思考回路は上手く働かない。一方通行の想いならもうベテランだが、その道を逆流するおまえの気持ちは、全く理解できない。 恋敵に情けない気持ちを募らせ、何度となく妨害を試みた。夏美を他の男には渡せなかった。だが、夏美を俺のものにするという思考は皆無だった。欲望と無欲が混在した矛盾した想いだった。 「お、俺はケロン人で、侵略者で、…そ、それに、赤くて…それに、軍人で」 俺はまだ理解できないまま、あろうことか夏美を嗜めている。悪い条件をありったけ並べる。目を醒ませといってるんじゃない。それでもいいのかと聞きたいのだ。それでも、俺を愛しているのか? 「だから?」 夏美はきょとんとした顔で首をかしげた。俺はつい右拳を握る。 「だ、だから!俺は…ケロン人で…、小さいし、それに、うーん…あ、武器マニアで…」 弱い言葉尻を掴んで、夏美が俺の言葉を遮る。 「あたしは、人間で、侵略される立場で、可愛げなくて、…んーっと、乱暴で、大きいし、…」 「そ、それは!」 今度は俺が夏美の言葉を断った。だが、後に続く言葉は俺の口から出てこない。 「………」 「わかった?条件は同じ。どんなことがあっても嫌いになれないんじゃない」 さすがに照れたようで、夏美は鼻先を両手で抑えた。 夏美が視線を外したから、俺は照れた顔を隠さずにすんだが、夏美の言うことは理解できた。どんなことがあっても嫌いにはなれない。そんなことがもし出来るのなら、今まで想い続けていられなかった。とっくの昔に諦めていたはずだ。 呆れたふうなため息は、至福の証拠だ。俺たちは笑い出した。明るく笑う夏美の横顔を、この目に焼き付けるべく見つめた。 諦められなかった人だ。美しく強く、そして優しく、時には弱い。その人が俺を同じように愛してくれていた。覚えておこう。忘れずにいよう。どんなことがあっても、俺は幸せだと思える。後悔はしない。永遠に。 「…そうだな」 |