ギリギリ
1


「また一人で、野宿するの?」



 俺は夢に戻ったのか。

 それはいつかの夢の夏美の台詞だ。
 まだ俺と彼女が互いの気持ちを知る前の夢だ。

 だが、これは現実だった。すっかり早くなった日暮れの暗闇に、やっと家の明かりが漏れてきたかと安心した矢先のことだった。

「…戦士だからな」
 と、俺は素直に答えた。意識せずとも、夢の中の自分の答えと同じだった。俺は軽く自嘲して、首を左右に振った。正夢を期待しているおろかな自分を振り払う為に。
 そんな俺に夏美はあの台詞を言ったのだ。

「部屋に来てよ」

 嘘だろ?
 今、なんて言ったんだ?夏美。
 夢の続きなら、『今夜は二人で』とも言うのだろうか。俺は大いに焦って夏美の顔を確かめつつ、それでいて夢を克明に思い出していた。
 あれは俺の妄想の末路だったはずだ。二人きりの夜を過ごす、ありえない事態だ。飯に肩揉み、耳掻き、風呂、それから……。とにかくありえない。そこまでは現実になるわけない。俺はまた首を左右に振った。

「今夜は一人なの」
 『二人で』とはいかないかと、落胆した俺は、『一人』に反応するのが遅れた。
「…なっ…どういうことだ?…ふっ冬樹は!?」
「聞いてないの?」

 俺の間抜けな表情を読み取った夏美は、とにかく寒いから部屋に入ってと誘った。深い意味も今は何もなく、事情を知るべく俺は従った。
 帰宅して着替えてきたばかりの夏美は、エプロンを羽織り食事の仕度に入る。俺がここにいるべき説明を忘れたように振舞うから、俺は手持ち無沙汰になる。忙しそうに鍋や食器を準備する夏美の背中に、俺は無言で問い掛ける。
 俺はここにいていいのかと。

「一人だと、手を抜いちゃうでしょ?どうせ誰もいないんだし、たまにはいいじゃない?」
 だから、どうして一人なんだ。
 夏美の母親は仕事のためだとはわかる。だが冬樹がいない、ましてや飯の用意がいらないことは今まではなかったはずだ。
 そういえばケロロも見当たらない。この時間に地下にいることはないだろう。当番でなくとも仕度を手伝ったり、テレビを見ていたりするはずだ。

「冬樹は合宿だって。ママは帰ってくるはずだったんだけど、さっき携帯に連絡が入って帰って来られないって。ボケガエルは冬樹に付いて行っちゃったのよ?ギロロが知らないところ見ると、都合が悪いことなのね。クルルも一緒よ」
「あのボンクラ…。クルルまで…!」
「そう言えば、合宿先にガンプラ工場がどーだとかって冬樹が言ってたような」
「くぅ…」
 俺は握りこぶしを振るわせた。あの野郎、冬樹にかこつけてガンプラ工場に行ったに違いない。クルルを同行させたのは、何かしらの思惑があるに違いない。それも侵略には関係ない、自分の趣味のための計略だろう。

「なるほど、俺を除け者にするわけだな」
 夏美が肩をすくめて、くすっと笑った。
「そうね。あ、ねえ!勝手にお鍋にしちゃったけどよかった?」
「え?なんでもいい」
「…投げやりな言い方だね」
「そんなつもりでは…!」
 おまえの手料理ならなんでも、という意味だ。だが、それ以上弁解しない俺の気持ちは、夏美には伝わらないのだろうな。我ながら不器用な性分だ。
 夏美とてこんな俺の反応を真に受けてはいない。いい意味で俺を無視するから、居心地は悪くない。

「美味そうだな」
「もちろん!味は保証するわ。それにたっぷりとあたしの…」
「おまえの?」
 夏美は咳払いを一つする。「かっ辛いの平気?」

 なるほどおまえの気持ちはたくさん入ってそうだ。俺は真っ赤に染まった鍋の中を見て、苦笑した。

「なんでもいいと言っただろう。おまえの作ったものならば」
 最後の方は聞こえなかったのだろう。聞きなおしてきたが、答える気はない。おまえもさっきの台詞の続きを聞かせてくれたら、話は別だがな。
 




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2006/11/15

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