ギリギリ
3 ![]() 「どうしてよ?」 「だ、だから…、夏美にとって俺がただの…、と、友達なら……」 「どうして聞きたいのよ!どうして言わせたいのよ!」 夏美の感情の吐露は滅多にないぶん、俺は動揺した。タブーを犯したかと後悔した。 俺は彼女の座るソファから離れて立ち、目線を外した。夏美の声は震えていたが、泣いてはいない。むしろ怒っている。 「どうして聞かなきゃわかんないのよ…」 「……夏美…」 「部屋に呼ぶのも、ご飯を作るのも、変な理由をつけて引き止めたのも、肩揉みも、みんなみんな言わなきゃわかんないの?」 「…正直に言うとわからないんだ」 すまん。こんな男で。俺はおまえ以外のことなら、何だって自信がある。軟なものではないのだ。戦士のプライドは。 だが、夏美には戦士という肩書きは不必要だ。おまえの前では、俺はただの男なんだ。おまえに関しては全く自信がない俺は、弱くなるばかりだ。 「…呆れた男ね」 ため息を漏らしたが、口調は柔らかだった。見つめられている視線を感じ、俺は顔を上げた。 「悪かったな」 「まだわからない?」 「…ああ」 あの告白の日をやり直しているようだった。それなら、男の俺からまずは言うべきだと俺は思った。 「俺はおまえを友愛のパートナーしては見ていない。俺はただ一人の女として夏美を見ている。同じ気持ちでないなら、俺を追い出したほうがいい」 「だから部屋に呼んだのよ」 夏美は即答した。 あまりに早い答えに俺の思考処理も追いつかない。ムードも何もなく、あっけなかった。 夏美は俺の気持ちをわかったうえで、同意を認めたのか?俺と同じ心でいることを。 「さ、膝枕」 夏美は再び俺を呼んだ。よほど耳掻きがそんなに好きなのか、目を輝かせる。その明るい調子で、俺もさして緊張もせず、彼女の膝に頭を乗せた。 暖かい。少しくすぐったい。 俺は恐ろしいほどの幸福感に包まれる。まさしく夢の中に描いた天国だ。 待てよ。夢がここまで現実になっている。まるで夏美が俺の夢を知っているように事が運んでいる。 もし夢が叶うなら、次は…風呂だ!! 「ギロロ?」 「あ、スマン」 「危ないから動かないでね」 あいつらの策略か? ありえるだろう。俺の夢を知り、具現化させたのか?ではこれ自体も夢なのか?疑心暗鬼に拍車がかかる。 満ち足りた幸福感からどん底に落ちるのは、あまりにも辛すぎる。 「これは夢?」 俺は呟いていた。 「夢…じゃないよ。ギロロ。でもね…怒らないで聞いて」 俺は上体を起こし、夏美の隣に座りなおした。 夏美は少し迷った顔をしたが、説明をはじめた。 「ギロロがすっと前に見た夢は、クルルの発明だったらしいの。自分の欲求を叶える夢を見るって感じの。それの実験にされたのね。 その夢はクルルがデータとして保存したんだって。それを3週間ほど前にあたしが見つけたって訳。それで…あの…」 「ぐ…っ!!」 俺は歯軋りして、拳を固めた。武器をありったけ持ってこい状態の俺に、夏美は肩身を狭くする。 「ごめんなさい…っ! でも、ギロロが覚えているなんて思わなかったし、喜んでくれるかなって」 「…俺のために?」 クルルに対する怒りが語調に表れてしまった。夏美に対する気持ちは、怒りではなく驚き。羞恥もあるが、俺を喜ばせようとした夏美の気持ちは嬉しい。だが、彼女の一連の行動は全てその気持ちだけだったのかと思うと、僅かに寂しさもあった。 「……あたしだって、不安だったから」 「不安?」 「………あんまり言いたくないけど、………」 「夏美?」 おまえが感じていた不安って何だ。俺は先入観を持ちたくないが、まさか俺に期待してたのか? 夏美の答えは俺が聞いた質問から逸脱している。はぐらかされて、不安になったり、早合点したりするのは、もう嫌だ。 おまえが望むなら、全て話すから、みっともない本心を曝け出すから、おまえの全てが知りたい。 「何から話してほしい?」 夏美は微笑んだ。美しく暖かい微笑だった。俺と同じ事を考えたようで、全てを話す決心をしたんだろう。そして、彼女は俺の全てを知りたがっている。 二人っきりの夜は始まったばかりだ。 |