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ギリギリ
7 ![]() 冷たいくちびるが温まるまで。俺を許して欲しい。 それまで時間はどのくらいかかるだろうか。 「ん…っ」 夏美のため息が漏れる。やがて同じ温度で暖まった互いのくちびるを確認したのに、俺は離れられない。夏美も同じ気持ちなのか、俺の腕にすがるようにつかまった。切ない温みだった。 くちびるから、気持ちが伝わればいい。祈るように真剣な想いだが、それに比例してくちづけは深くなる。角度を変えるたび、ついばむ音が出る。それに刺激され、また卑しく求めていく。 「すまん…」 俺は合間にぼそっと呟いた。 伏目の狭い視界から、たった今俺が奪っていた夏美の艶っぽいくちびると、茶褐色の髪が見える。そのくちびるが静かに開いた。 「どうして謝るの?」 夏美は俺と視線が合うのを待って、はっきりと問う。 「さあどうしてかな」 再び、俺は夏美のくちびるに戻った。軽く合わせた後、彼女の鼻先、頬、瞼、眉間、額、耳にくちびるを落とした。 「やっぱりギロロのほうが大人なのね。ちっともあたしに教えてくれない」 すねた顔もかわいい。その感情が表情に出そうで、俺は故意に顔をしかめる。 「事実だ。残念だったな」 「ふんだ」 俺は軽く笑う。悪いがリードをしたいのは男の性だ。それさえも許さないなら、それでもいい。付き合い方はどうあれ、俺はおまえにベタ惚れしている。 「部屋に戻ろう」 温めあったくちびるが、また冷えていく。くちづけで赤みを帯びた夏美のくちびるは名残惜しいが、風邪を引かせてはいけない。 明かりを点し、カーテンを引いた。暖房をつけてあった夏美の部屋は、ほっとする暖かさだ。 ベッドに背を預け、床に座る。明るい中で向き合うと、気恥ずかしさが顔にでる。それも気不味いものでもなくて、夏美も甘い空気に逃げる様子はない。二人の仲は進展したのだ。 だが、いきなり二人で朝を迎えるつもりはない。『今夜寝かせないぜ』というきざな文句は、当分出番はないだろう。 もう少し。明日になって家の住人が戻ってきたら、俺たちはまた元のような友達に戻ってしまうかもしれない。だけど、僅かでも二人きりになる時間があったら、今夜みたいな関係になりたい。その道を確かなものにしておきたいのだ。 「いきなり女の子になちゃったみたい。あたし」 「いい傾向だ」 俺と二人のときだけならな、と一言足りない。誰彼構わず、夏美のそんな一面を見せることは面白くない。というより許せないだろう。 互いの前だからこそ、俺も夏美も本当の自分でいられる。それがいいんじゃないか。 夏美は複雑そうな表情を崩し、はにかんだ。 「自分でも意外。あたしがこんなのになっちゃうなんてね」 「そうじゃなきゃ逆に困る」 「どうしてよ」 「手を出しにくい」 正面を見据えて、夏美を口説く。夏美は怒ったのかと思うほど、眉間をしかめた。間接的な表現だったが、彼女ともっと近づきたい俺の欲望はしかっり伝わったようだ。 「…うん」 夏美は聞き取れないような小声で、俺の言葉と意思を認めた。 それは、手を出して欲しいということでもあるのか、恥じらいを含んだ様子だ。 それから色々な話をした。入れなおしたココアと、夏美が用意した菓子をつまみながら、時間はあっという間に過ぎた。タブーの話題はなにもなく、知りたかったこと、聞きたかったこと、伝えたかったこと、なんでも話せた。 夏美は特にケロン星での俺の人生を聞きたがった。平凡なそれだったが、夏美は終始真剣に聞いていた。 「…ホームシックになったことないの?」 「ない」 俺は短い言葉で断言する。夏美は探るような目をしたが、安堵の息を吐いた。 「おまえは寂しがり屋だな。そこは俺と違う」 「もう大丈夫よ。子供じゃないんだから」 「そうか?」 意味ありげに笑って、夏美をからかう。本気ではない不機嫌を装い、夏美は頬を膨らませる。くだらないやり取りがいとおしい。いつまでもこの空気に浸っていたい。 見ないようにしていた時計を確認すると、今日の日付を跨ごうとしている。 「もうこんな時間だ。寝たほうがいい」 「……」 「俺の夢の再現はやめろと言ったはずだ。それに俺はそれ以上の時間を過ごした」 夏美は返事をしない。俺を引き止めたいのだ。正直、俺は嬉しい。俺だって彼女と一晩中過ごしたいのだ。 「…随分あっさりしてるのね」 「キリがないだろ」 そういう風を装っているだ。あまり突っかかるな。化けの皮がはがれる。その後は保証できないことになるから、精一杯の虚勢を崩そうとするな。 「……お願いしてもだめ?」 「夏美ッ!」 ポーカーフェイスに見えるのか?俺は拳を握り締めて、立ち上がった。すがる夏美の顔は見たくない。 「夢の続きじゃなくて、あたしがそうしたいって言ってるの」 「夏美…」 俺の語調は弱腰になった。そんなに俺といたいのか。夏美の俺への気持ちの大きさに、俺はたじろいた。 「ギロロ…」 掠れた夏美の声が、聞いてはいけない禁断の言葉に思えた。深夜、彼女の部屋で、俺を呼ぶ声。 「仕方のないやつだな…」 こうして、俺は夏美の願いにほだされる。もう正誤の判断は出来なっていた。 |